ミセスに連載されたインタビュー*江國香織『十五歳の残像』
久しぶりに4駅先の図書館へ行って棚を眺めていたら、随筆のコーナーで未読の江國香織を発見。98年刊の『十五歳の残像』、新潮社です。初出は約20年前の『ミセス』誌上で、94年の1月から翌年12月までの2年にわたって連載された「男図鑑」という読み物をまとめたものらしい。「なんでこの本を知らなかったのかなあ」と不思議に思って amazon を検索してみたところ、出版されてずいぶん経つのに文庫になっていないんだわ。人気作家ゆえ、江國の本はさくさく文庫化されると思い込んでました。あらま。
『ミセス』での連載当時、作家は30〜31歳。『きらきらひかる』が91年、『ホリーガーデン』が94年だから、時期的には『ホリーガーデン』と重なりそう。内容は、毎月ひとりの男性(人選はどうしてたのかな。江國の希望を聞きながら編集さんが決めてたのか)に会って会話を交わし、それをあとから文章にしたもの。会話をまんま再現したような対談ではなく、聞き手が原稿をまとめたインタビューってとこがキモです。
「一歳の自分も九歳の自分も、十五歳の自分も二十歳の自分も、全部自分の中に潜んでいる、と思うと奇妙な気持ちがします。/そういう、自分の中に潜んでいる過去の自分と、人々がどう折り合いを付けているのか、ひどく興味がありました」(あとがき)ということで、江國はこの企画でインタビュイーに15歳のころを必ず質問することにした模様。タイトルの「15歳の残像」は、相手の中に見えた15歳のころ、という感じの意味じゃないかと。
登場する人物22名のうち、安西水丸、山本直純、大島渚など、すでに物故された方も複数いて、時の流れを感じました。しかしですね、書き方というかテキストの雰囲気は、今の江國香織と大して隔たりがない。もっとギャップがあるかと予想してたんだけどね。早い時期にスタイルができてた、ってことなんでしょう。amazon のレビューに「小説の中の登場人物のよう」と書かれている方がいたけど、ほんとにそういう感じの仕上がりになってます。
興味深かったのは、「たぶん、私にとって最初で最後のインタビュー集です」(あとがき)とあったこと。この連載にずいぶん手を焼いたのかもなあ、とふと思いました。おそらく小説と並行して書いてただろうから、頭の切り替えやらなんやら大変だった可能性がある。話を聞く時と、原稿を書く時は、頭の違う部分を使うもん。せっせと文章を書いてる時に人に会うのが良い気分転換になる人もいると思うけど、私の場合はそうじゃなかったなあ。
準備(相手の簡単なプロフィールを覚える、著書がある場合はデビュー作、最新作を含めて3冊程度は読む)やら、失礼のない格好をする(普段は寝間着のようなもんなうえ、集中して書いている時期は顔を洗ったかどうかすら忘れるすんごい状態)やら、面倒といえば面倒なことが多かったです。それでも未知の方にお会いして話を聞くのは、事前の煩わしさをすかっと忘れてしまう面白さがあった。原稿を書かなくてもいいなら、これ以上の仕事はないんじゃないかと思ったことも(笑)。
と、私事を書き連ねましたが、江國さんが情けない私と同じようなものだったとはやはり思えないです。この本の文章を読む限り、呻吟しながら書いた気配は全くない。驚いたことに、毎回取材のための時間は撮影込みでたった1時間半だったらしい(撮影者は広川泰士、百瀬恒彦のおふたかた)。短い時間の中で、これだけのことを書く材料を的確につかめるものだと感心しました。まあ、相手が多忙だと、とっていただける時間はこれくらいかな、とは思うんだけどね。
一度ざざ〜っと勢いよく目を通しただけですが、楽しく読めたのが公文式数学研究会の設立者である公文公(とおる)のインタビュー。凄みがあったのが、萩原健一(ショーケン)。
- ーーそれから萩原さんはうつむいて、小声でぼそっと続けた。「でも言っても気がつかない人がいてね、つっつかれると……」(ここですこしまをとり)、「ギャーン!」だそう。想像力をかきたてる擬音語だ。「いったのにい」と悲しそうな声をだし、「死んじゃった」と言って上目使いに私を見る。「死んじゃうくらい?」「そっ。手加減はしないもん。思いっきり。じゃないと撃たれちゃうもん」目はしっかりシリアスなまま、口元だけくにゃっと崩して笑ってみせる。P68(改行は省きました)
すごいリズムというか息づかいを感じませんかね。今までショーケンさんに興味があったことはないですが、ちょっと注意を払ってみようかと思いました。これを筆の力というんじゃないかと思うんです。
はっと気づけばケイトウが*鶏頭
赤い色に目が留り、歩道を進みながらゆるっと振り返ったら
教会の伝道所(?)みたいに使われていたはずの
建物の前にケイトウが咲いていました。
いつの間にか、秋がきてたようで。
今日は夏が戻ったみたいに暑かったせいか
午後、ヒグラシが鳴いてました。
夏の名残りと秋の訪れがまじりあってるな。
よりヘンな方向にずんずんと*辻仁成『右岸』
だめんずばかりに目を付け、縁を結んでは苦労をしょいこむヒロインの人生のあまりの振幅に、「これって江國香織の小説ですか?」とキツネにつままれた気分になった『左岸』(記事はこちら)。amazon で買い物した際、PC の画面に出てくる「この本を買った人は…」という表示を見て、『左岸』と対をなすらしい『右岸』があることを知りました。著者は辻仁成。ほおお。『冷静と情熱のあいだ』みたいに、女子を江國が、男子を辻が描き込んだ合作ですかね。
失礼ながら、辻氏はあんまり食指が動く作家じゃない。ただ、ふたりが手がけた『冷静と情熱のあいだ』を読んだとき、江國の Rosso は、感覚的な表現にひたるたのしさは十分に味わえたものの、登場人物の関係性や背景にあまり触れていない感があり、「過去に何があったのだ?」と頭の中に疑問が浮かんだまま。続いて読んだ辻の Blu で、「そういうことだったのか」とストーリーの流れがクリアになったです。
ふたりの作家による合作は、小説としては珍しいタイプだと思うけど、ひとりでは書けないスケールと質感の世界を立体的に立ち上げる効果のようなものがあって、悪くないと『冷静…』以来思うようになりました。ま、 Rosso と Blu の2冊を読まないと、話が見えてこないともいえるけんど(笑)。
で、わたし的には辻作品2作目である『右岸』です。感想を手短かに申し上げますと、「なんぼ波瀾万丈でも左岸なんかで驚くなかれ。右側の岸では、もっとすごい世界が展開する」。だってね、主人公・九(左岸のヒロインである茉莉の幼なじみという設定)は自力で空中を移動するんだわ、ふわっと浮かびながら。これは空中浮揚ってやつですか。はあ?って思いますわ。全編オカルトではないですが、妖しい世界に足を踏み込んでいる作品であるのは確かです。
この小説を単体で読むなら、それなりに面白いとは思う。ただ、セットの片割れとして考えると、どうだろうね。たとえば、美しい装飾を施したハマグリの貝殻をばらばらに並べ、貝をペアにしてゆく貝合わせっていう雅な遊びがありますわ。貝殻はもともと対になっているものとしか合わないことから、この遊びが生まれたといわれる。
『左岸』と『右岸』の合作の場合、貝殻のような自然な一体感より、片方が貝殻だとしても、もう片方は接合面のラインだけを合わせて成形したプラスティックとか金属との組み合わせを貝と呼ぶようなギャップを感じるんだ。手触りも大きさも違うのに、無理にセットにしてどうするんじゃ。『冷静と情熱のあいだ』のような作品を期待すると、失望しそうな気がします。ま、シュールさを味わうペアだと思えば、珍奇さも趣きのひとつになるか。
そういえば、辻さんは06年ころ光文社の『STORY』誌上で「奇跡の星」という連載をされてたはず。占い師を主人公にした微妙にアヤシイお話で、美容院に行くたびけっこう楽しく読んでました(なんだ、読んでいるじゃん辻作品・笑)。続きを読みたいんですが、『奇跡の星』という作品がamazon には見当たらず。改題したのかな。どなたかご存知ありませんかのう。
渋谷 日曜 晴れ 暑いです
【 route 】
オーディトリウム渋谷(チケット購入)→SHIBUYA PUBLISHING AND BOOK SELLERS →オーディトリウム渋谷(映画:365日のシンプルライフ)→華泰茶荘渋谷店
【 contents 】
『神楽坂「茜や」の小さな暮らし』『「茜夜」のシンプルに暮らす、小さなキッチン』などの著書のある、グラフィックデザイナーにして小さな2軒のお店(お茶とお酒)を切り盛りする柳本あかねさんがトークショーに出ることを知り、フィンランド映画「365日のシンプルライフ」を見に出かけることに。トークショーがわたし的にはメインのイベントなので、珍しく早く家を出て(いつもぎりぎり…)現地に約1時間前に到着し40番の整理券をゲット。初めて行ったオーディトリウム渋谷は、席数136のこじんまりしたハコでした。
映画が始まるまでの小一時間をどうつぶすか。まあ、困った時は本屋でしょうということで、SPBS と略して呼ばれることもらしい SHIBUYA PUBLISHING AND BOOK SELLERS へ。日曜日は混んでます。ミナ ペルホネンの皆川明氏の夫人である、イイノナホさんの照明器具のカタログ(?)をはじめ、以前ツイッターで知った素晴らしい子ども服の本『TSUTSUI'S STANDARD 筒井さんの子ども服』(homspun刊)、店頭の300円コーナーの中などに欲しいものがいくつかありましたが、これから映画を見るのに荷物が増えてはいかん、いかん(笑)。
オーディトリウム渋谷に戻って映画鑑賞。終映後の柳本あかねさんのトークイベントは、配給元であるキノローグの森下詩子さんが聞き手。しっかり下調べをして、的確に話を引き出す控えめながらも巧みな木下さんの話術にちと感心したです。柳本さんは「茜や」に出ている時はいつも着物のようなんですが、この日は藍色の古典柄の浴衣をお召し。ゆったり着ててもだらしなく見えないのは、着慣れているからなんだろうな。素敵だったな。で、驚愕の事実が発覚(おおげさ)。いつでも遊びに行ける〜と思っていた、神楽坂の日本茶専門カフェ「茜や」が、月末をもってクローズするんだとか。8月は例年店を休んでいるものの、店をたたむにあたり30と31日の2日間だけ臨時オープンし、什器や小物を販売するクリーニングデイを開催するそうです。なんと!
帰り道は道玄坂の方に抜けることにしてぶらぶら歩いていたら、交差点の向こうに華泰茶荘が見えてきた。ちょっと寄って、凍頂烏龍を一袋購入。清茶のティーバッグをおまけにひとついただきました。坂を下り、地下へ潜ったところで、東急さんが地下のコンコースに「渋谷ちかみち」なるラウンジ&トイレを作ったことを、東急のフリーペーパーで読んだことをふと思い出した。蜷川実花さんの写真をインテリアに使っているみたいなことを書いてあったな。
ということで、電車に乗る前にトイレ。蜷川写真が見られる女性パウダールームは、東急のクレジットカードをドア脇のリーダーに読ませると開く仕組み。開けごま。中はニナガワ的な甘さも毒もない、普通にキレイに作られた空間でした。利用は10時から20時まで。
【 purse strings 】映画入場料1800円。凍頂烏龍茶1袋1512円。
【 note 】連日あまりに暑いため、補給する水分は500ミリリットルのボトルに入れて携帯。足りなくなったら買うか、どこかでお茶する心づもりでマチをうろうろ。
【 data 】
●オーディトリウム渋谷 東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F TEL: 03-6809-0538
●SHIBUYA PUBLISHING AND BOOK SELLERS 東京都渋谷区神山町17-3 TEL: 03-5465-0577 月〜土/12〜24時、日曜/〜22時
●華泰茶荘渋谷店 東京都渋谷区道玄坂1-18-6 TEL:03-5728-2551 11〜19:30、火(休)
もやっとした白い花はユーフォルビア・ダイアモンドフロスト
よく通る道端に趣味の良いこじんまりとしたマンションがありまして、
道路際の植栽スペース(小さいんだけどね)が建物以上に趣味が良いんだなあ。
植物の取り合わせ方が見事というか、気が利いているというか。
ありふれた花や樹木に、珍しい品種をちょこっと添えると、
思いがけない感じが生まれることを知り尽くした方がオーナーなのかな。
いや、百戦錬磨(?)の庭のプロが、定期的に手入れに入ってるのか。
それくらいちょっとした異空間で、通りがかるたび、ほお〜っと唸ってます。
で、画像は先週撮ったものなんですが、
夏の花としてはポピュラーすぎる感のあるニチニチソウの足元にアイビーを配し、
背後からふわふわした白い小さな花をかぶせたみたいな混植。
門扉のかたわらの小さな地面にぎゅっと凝縮した感じで植えられており、
ガーデンデザインというより、フラワーアレンジメントに近いものを感じました。
撮ったときは白い花の名前が分からなかったんですが、
偶然読んでいたブログに同じ花が咲いている様子の写真を発見。
ユーフォルビア・ダイアモンドフロストっていうんだそうです。
ヘンな話だなああ*江國香織『左岸』
5月に記事を書いた『抱擁、あるいはライスには塩を』を読み終えて、なんとなくカバーの折り返しに印刷された著作リストを見ていたら、「いつの間にか読んでない本が増えてる〜」とはっとしました。で、目についた何冊かを購入し、この本から読みはじめたんだけど、「これって江國香織ですか!?」と首がかしがるくらいヘンな話なんだなあ。
ヒロインである茉莉は、17歳の高校生。父は福岡の国立大学の教授で、母は専業主婦。「あ、今回は東京じゃないのね」と舞台に新味を感じましたが、恵まれた境遇で暮らす女子という設定から、今まで読んだことのある江國作品のバリエーションを予想しつつ文字を追っていたですよ。
が、ヒロインの子ども時代から話がはじまるも、彼女が成長した姿で登場する2章にはいったとたん、ディスコ(1970年代)で知り合った店員(黒服という言葉は当時なかったはず)をやっていた、ふらふらした感じの男と駆け落ちして上京。へっ?猥雑そうなエリア(川崎市)で男の先輩をまじえて3人で暮らすんだけど、ほどなく彼氏をスイッチ。はあ?
で、新しい彼氏がいい男かというと、元カレより生活力はあるものの、とにかくぐずぐずぐずぐず…した暗そうな年上。ええっ?この後にもヒロインはいろんな男と出会うんだけど、その多くが見事に「だめんず」。
これは江國さんなりの『だめんず・うぉ〜か〜』なのか…。江國作品には突飛でシュールなお話がいくつもあるけど、この本はリアルを意識している様子にもかかわらず、ファンにキツネにつままれたような不思議な感覚をもたらす異色作ではないかと。とにかくヘンである(笑)。
いつも江國さんの小説を読むときは、話の筋がどうなるのか…という興味より、文字が構成する世界の匂いを嗅ぎたかったり、好きな銭湯のお湯に身を浸すときに感じる安心感みたいなものを期待してる気がするんですけどね、今回ばかりは「この先、どうなるんですか」と思わずにはいられなかったです。
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やっと文字を入れることができた〜。約1カ月の間、このページに画像を入れたきり放置しておりました。実はですね、画像をアップして「さあ、文字を書くか」と思っていたところ、かねてより気管の腫瘍で療養中だった猫が、急に荒い息をし始めて危篤になっちゃったんです。
腫瘍の場所と年齢から手術ができず、徐々に弱っていく姿を数ヶ月間見守っていたので、別れの日が近づいてるのは分かってました。が、いきなり感は否めず。ひと月近くたって、ようやくこのページの文字を書く気になったです。まだ悲しいけんど。