本の畑

えっちらおっちら耕す、本やら何やらの畑。情報は芋蔓のように地下でつながっている。たぶん

よりヘンな方向にずんずんと*辻仁成『右岸』


だめんずばかりに目を付け、縁を結んでは苦労をしょいこむヒロインの人生のあまりの振幅に、「これって江國香織の小説ですか?」とキツネにつままれた気分になった『左岸』(記事はこちら)。amazon で買い物した際、PC の画面に出てくる「この本を買った人は…」という表示を見て、『左岸』と対をなすらしい『右岸』があることを知りました。著者は辻仁成。ほおお。『冷静と情熱のあいだ』みたいに、女子を江國が、男子を辻が描き込んだ合作ですかね。

失礼ながら、辻氏はあんまり食指が動く作家じゃない。ただ、ふたりが手がけた『冷静と情熱のあいだ』を読んだとき、江國の Rosso は、感覚的な表現にひたるたのしさは十分に味わえたものの、登場人物の関係性や背景にあまり触れていない感があり、「過去に何があったのだ?」と頭の中に疑問が浮かんだまま。続いて読んだ辻の Blu で、「そういうことだったのか」とストーリーの流れがクリアになったです。

ふたりの作家による合作は、小説としては珍しいタイプだと思うけど、ひとりでは書けないスケールと質感の世界を立体的に立ち上げる効果のようなものがあって、悪くないと『冷静…』以来思うようになりました。ま、 Rosso と Blu の2冊を読まないと、話が見えてこないともいえるけんど(笑)。


で、わたし的には辻作品2作目である『右岸』です。感想を手短かに申し上げますと、「なんぼ波瀾万丈でも左岸なんかで驚くなかれ。右側の岸では、もっとすごい世界が展開する」。だってね、主人公・九(左岸のヒロインである茉莉の幼なじみという設定)は自力で空中を移動するんだわ、ふわっと浮かびながら。これは空中浮揚ってやつですか。はあ?って思いますわ。全編オカルトではないですが、妖しい世界に足を踏み込んでいる作品であるのは確かです。

この小説を単体で読むなら、それなりに面白いとは思う。ただ、セットの片割れとして考えると、どうだろうね。たとえば、美しい装飾を施したハマグリの貝殻をばらばらに並べ、貝をペアにしてゆく貝合わせっていう雅な遊びがありますわ。貝殻はもともと対になっているものとしか合わないことから、この遊びが生まれたといわれる。

『左岸』と『右岸』の合作の場合、貝殻のような自然な一体感より、片方が貝殻だとしても、もう片方は接合面のラインだけを合わせて成形したプラスティックとか金属との組み合わせを貝と呼ぶようなギャップを感じるんだ。手触りも大きさも違うのに、無理にセットにしてどうするんじゃ。『冷静と情熱のあいだ』のような作品を期待すると、失望しそうな気がします。ま、シュールさを味わうペアだと思えば、珍奇さも趣きのひとつになるか。

そういえば、辻さんは06年ころ光文社の『STORY』誌上で「奇跡の星」という連載をされてたはず。占い師を主人公にした微妙にアヤシイお話で、美容院に行くたびけっこう楽しく読んでました(なんだ、読んでいるじゃん辻作品・笑)。続きを読みたいんですが、『奇跡の星』という作品がamazon には見当たらず。改題したのかな。どなたかご存知ありませんかのう。