本の畑

えっちらおっちら耕す、本やら何やらの畑。情報は芋蔓のように地下でつながっている。たぶん

プレイリスト「**Days of Rain / July 16」

いろんなアルバムやプレイリストを聴きながら、好きな曲はマメに❤(ラブ)するように心がけて早数ヶ月。ようやくApple Music さんが、おかしなものをすすめてこなくなったかも。嫌なものは嫌といわないと。似て非なるものをすすめられたときが、いちばん生理的にしんどい。

「おおお」と思うくらい気に入ったり、なんか忘れられない要素があるなあと感じたときは、ラブしたうえでその曲を適当なタイトルをつけた新しいプレイリストに放り込むことにしてます(未処理の書類みたいな扱い)。

先だって雑多な曲が放り込まれたプレイリストを眺めていたら、「A Day of Rain 」「Raindanse 」など、雨にまつわる曲がいくつかあることに気づいた。今年の関東は空梅雨かもしれないことはちょっと忘れて、時節柄ちょうどいい(はずの)雨がらみのプレイリストを作ってみようと思いついき、もそもそ作業。

数えてみたら「雨」にまつわる曲は3曲。3曲の間をうまく埋めればプレイリストとして成り立つ長さになるでしょう、たぶん。ということでできあがったのが、プレイリスト「**Days of Rain / July 16 」(約75分)です。



中身をかいつまんで説明してみますわ。まず、M2がアイディアの発端。M5は雨に関係ないけど、かっこ良さに打たれた。このプレイリストの中で最も気に入ってる曲です。どこがどういう風にかっこいいのかを説明する言葉(ロジック?)があればいいんだけどね。ない己がもどかしい。

M3は懐メロのはずなんだけど、リリースは12年。一昨年(14年)に亡くなったフランキー・ナックルズの大ヒットを新しくミックスしたのかなあ。「Director's Cut って誰の屋号? 未知のDJなのか…??」と思って調べてみたら、F・ナックルズとエリック・カッパーが09年にスタートしたユニットみたい。

ほんとはF・ナックルズが92年に発表したアルバム「Beyond the Mix」(画像上)に収録されている、サトシ・トミイエとの共作「Rain Falls 」を使いたかったんだけど、Apple Musicのライブラリになかったので、名曲「Whistle Song」でよしとしました。

エリック・カッパーさんは今までノーチェックだったので、ちょっと聴いてみねば。検索したら、こんなプロフィールあり。

M14 はユザーンとametsub による「Welcome Rain 」。今年の梅雨は、雨が降っている地域は災害レベルの大雨に見舞われ、降らないエリアは水不足が予想されてるよね。お天気は人の思いどおりにならないものにしても、このところのお天気はジェットコースターのように変化が激しい。梅雨らしい梅雨はどこいった。


中身はこんな感じ。

プレイリスト「**IDM / July 16 」

連投の群れがタイムラインをふさがないように、夜中にツイートしようと思ってたんですが、あまりに眠くて寝てしまい、気づけば日曜のお昼だわ。予約投稿の機能を試せばよかった(使ったことないけど、トライする価値はあったよなあ)。おじゃまとは思いますが、以下、今週のプレイリスト「**IDM / July 16 」についてです。

先月でしたかしらね 、Apple Music の「For You 」の画面に「ベスト オブ インテリジェント・ダンス・ミュージック」というおすすめが現れた。

いろんなことにうといんで、わたしがインテリジェント・ダンス・ミュージックなる言葉を知らないのは無理からぬこととしても、ダンスミュージックにインテリジェント(賢いという意味?)系という分野があるらしいことに驚いた。説明を読んでみると「フィジカルなグルーブが重視されるクラブミュージックのカウンター」なんですと。

ざっくりいえば(ざっくりすぎるのはご容赦あれ)、踊らせない、もしくは踊りにくいダンスミュージックってことですかね。

聴いてみると、かなり好きなのが混じってる。現場(クラブ)に遊びに行ってた大昔、踊りたくて行ってたわけじゃないもんなあ(わたしの運動神経を思えば当然)。前にブログに書いたような気がするけど、ぼーっとしながら大きな音に浸かりたかったので、ほとんどお風呂とか銭湯に近い感覚で通ってた。友だちとおしゃべりするとか、知り合いを作ろうなんて目的はほとんどなく、ただただ音にどっぷりひたりたいという動機。

当時は雑誌を編集していて、原稿の書き出しやページ構成をはじめ、クライアントのアポ取りや撮影の日程調整等々まで、一日中頭の中を言葉が駆け巡ってました。「音にひたりたい」というのは、頭の中の言語やコミュニケーションに関わる領域を終了して、息をつきたいっていうことだった気がするですよ。

使えるメモリーの量が限られているため、言語関係のアプリを終了しないと、いっぱいいっぱいでたまらない状態にあったともいえそうだ(笑)。頭にさくっとメモリーを増設できたらいいのにね。それができないから、いろいろ工夫するわけか…。



閑話休題。インテリジェント・ダンス・ミュージックを検索してみたら、 goo Wikipedia簡単な解説あり。あがっているアーティストの名前を見て、わたしの好みはここにあるらしいことを確認。そうだったのか。わたしはこのへんが好きだったのか。

10年以上前にこの流れは「エレクトロニカ」というカテゴリーに吸収されちゃったらしい。今ごろ言葉を知ってもなあと思わなくもないけど、音楽の分類を知らないと好みのところへ行きつけませんわ(ことにウェブ上では)。

「ベスト オブ インテリジェント・ダンス・ミュージック」を何回か聴いてみて、「なんか流れがつかめない」という印象が拭えなかったな。曲が単体でぱらぱらと主張している感じがする。エディターと呼ばれるスタッフが選曲した一部を除けば、Apple のプレイリストは基本的にコンピュータが自動生成してるのかも。とすれば曲と曲のつながりは、偶然の産物ということになりますか。

曲を並べ換えたらどうなるんだろうと思って、おすすめされたApple のプレイリストを自分のプレイリストに追加し(こうすると編集できる)、ちょっと本気を出して曲を動かしてみた。あんまり好みじゃない曲は同じアルバムのほかの曲に差し替え。

はっと気づけば、元のプレイリスト18曲のうち4曲しか残っていない。いいのかこれで。流れはできたのか。なんかギモンだわ…(笑)。

一瞬でも「本気でやろう」と思ったのがいけなかったかもしれんなあ。いつの間にか真剣になってた、というのはホンモノ感があるけど、本気を出そうと思って現れるモードはなんか嘘くさい。

あんまり涼しくないですが、時たま涼しい曲があります。ダンスがすごくうまい人は踊れます。約80分です。プレイリスト「**IDM / July 16


中身はこんな感じ。

  • M1・Dream 11 / Compost Ambient Selection Vol.2 より
  • M2・Life Form Ends / The Future Sound of London
  • M5・VIR2L / The Black Dog

プレイリスト「**Larry / June16 」

Apple Music のおすすめ「For You 」に現れる未知の音楽を楽しみにしてるんだけど、アルバムをたくさんもっているような超贔屓のアーティストが出てきたらつまんないかというと、そんなことはなかったりする。

Apple Music のアルゴリズムへの信頼感が湧く、といったらいいですかね。Appleが地上のどこかに置いてる、すごい演算能力を備えたコンピュータがせっせと?ユーザーの好みを計算した結果だろうから、擬人化するのはおかしいんだけど、「おぬし、わたしの好みを理解してくれているのね」という感じ。

さすがに耳にタコができるくらい聴いたアルバムは、あんまりクリックする気分にならないものの、アーティストの名前が付いたプレイリストは選曲や曲の並びに何かしら発見があるので、けっこうチェックしちゃう。

先だって「For You 」の画面にラリー・ハードのプレイリスト「はじめてのラリー・ハード」が出てきたときは、「おお、御大登場!」と思わずにんまり。

最初に聴いたラリー・ハードは、88年発表の 「Can You Feel It 」(Mr.フィンガーズ名義)だったかな。FM東京でオンエアされていた「FM Transmission Barricade 」に入れ込んでいた時期なので、Tommy(富久慧)さんか古賀さんがかけたのかも。


「Can You Feel It 」に驚いてCDを探し、Mr.フィンガーズがラリー・ハードという人であることに行き着いて以来、DJ 君たちが使う素材(曲)を集めてどうするよと自分に突っ込みながら、同じ曲のミッックス違いが収められたCDまで買ってました。

でもね、プロ用の素材を家で聴いてもむなしい。クラブとは音圧も音質も違うし、裏に別の曲を入れるとか等々のDJによる加工もない。つまんないです。それでも買わずにはいられなかったのはヘンタイの証か(笑)。

家で聴くと「つまらない」とみんな感じていたんだろうな。ラリーさんは92年のアルバム「Introduction」で、それまでハウスミュージックの作り手たちが意識してこなかったホームリスニングという切り口を採用。おうちで聴くハウスですって(言葉としてへん、だじゃれになってる?笑)。

あれこれ検索してたら、こんな記事を書いてた方がいらっしゃいましたよ。

Apple Music の「はじめてのラリー・ハード」はなかなかいいんだが、何回か聴くうちに「なにかもの足りない」という気がしてきた。その理由を考えてみたところ、ジ・イット(The It )名義のものが入ってないんだわ。かっこいいいのに〜!

今日のプレイリストは、「はじめて…」より少し広めにラリー・ハード関連の曲を集めたもの。M1はヌーキーとの共作(画像上)がライブラリになかったので、まあ、この曲でいいかということで。ちょっとズルしました。

プレイリスト「**Larry / June16 」約90分です。


中身はこんな感じ。

  • M1・Cerlebrate life / Nookie
  • M2・Feathers Floating / Larry Heard
  • M3・What About This Love ? ( Dub Version ) / Mr.Fingers

プレイリスト「*Félicitations : Le Nid de Lili / Juin16 」

今日のプレイリストは6月17日(金)にオープンしたファッションと毛糸のセレクトショップ、「Le Nid de Lili 」(ル・ニ・ドゥ・リリ、仏語でリリのすみかの意)のお祝いに作ったもの。

「 Le Nid de Lili 」店長の大杉さんは、約10年ほど、スタジオエフ(みんな大好きなお店だよね)で見事なバイイング能力と審美眼を発揮しつつ、お店とファンをつなぐネットワークをバーチャルとリアルの双方で大きく育てちゃった方。

店長ファンの一員としてこのネットワークに混ぜてもらったおかげで、ぼや〜っとひとりで編物していた私がいつの間にか海外パターンに手を出すまでに。編物観(こんな言葉ないか・笑)に大変革がありました。ツイッターなんかでおしゃべりする知り合いの数も激増。ありがたいことです。

可愛らしい声で話すキュート(ん、コケット?)なビキニ店長(大杉さんの別名)を目の前にすると、お仕事ぶりと見た目のギャップに思わずくらっときますわな。ルックスと仕事はなんの関係もないんだけど、そう思っちゃうほどご本人はスイートなんだな〜。すごいよ〜。

で、今回は独立のお祝いなので、以下のポイントを考慮しながら曲を集め、並べてみました。


・お店の発展を祈念する感じのタイトル、歌詞

・店名とご本人の趣味を勘案しフレンチもの(フランス語はできないのでタイトル、歌詞のチェックはできず。英語も実に情けなし。とほほ)

・ビキニ店長から広がるネットワークに敬意を表して、いろんな人によるデュエットなんかどう?

・ベルギーのクレプスキュールから80年代にリリースされた、ミカドの「パラザール」は必ず使いたい(音楽の話をするきっかけになったので)

・取扱商品に合わせて、洋服、色、素材なんかを連想させる曲



聞きどころはM16のジョー・ダッサン「Happy Birthday 」かな。歌い出しが「ハッピバースデ〜〜」なのでお店の誕生を祝うのにちょうどいいと思ったんだけど、思いついた時点では歌手も曲名も覚えてない状況でした。なんせ高校生くらいのころ、FMでエアチェックした曲だからねえ。記憶になくてもしょうがない。

わずかな手がかりを元に検索するしかないです、はい。最初はグーグルでシャンソン、happy birthday とやってみましたが → それらしきものは見当たらず。歌詞に toi et moi とあったのを思い出し検索ワードを変えて再検索 → ダメ。

ここで「今ある材料でプレイリストを仕上げようではないか」とほとんど諦めかけたものの、作業中にふと「 YouTube という手があるじゃん」と浮かんだ。検索ワード「 happy birthday toi et moi 」で再挑戦です。何ページ目かをクリックしたら、あら、あったかも〜。ジョー・ダッサンだったですか。

ラッキーなことにApple Music のライブラリにもあったので、無事使うことができました。紅白のトリでもここまで大げさにはならんでしょうという感じの、ゴージャスすぎるアレンジが素敵です(笑)。

紅白にたとえたら、N響+ピアノ+バンド(Ds、B、G)+二期会合唱団ってとこか。こんだけこってりしているのに4分台で曲が終わるのも拍子抜けというか、興味深いところです。笑ってもらえるといいな。(ウェス・アンダーソンの『ダージリン急行』で使われている「オー・シャンゼリゼ」が、ジョー・ダッサンが歌っているらしいことが amazon を探検中に判明)

おひまでしたら、暇つぶしなんかのお供にどうぞ。約95分です。

プレイリスト「*Félicitations : Le Nid de Lili / Juin16


中身はこんな感じ。

  • M1・Under the Coke Sign / Boards of Canada
  • M2・Witch Tai To / Future Pilot A.K.A. 「Tiny Waves, Mighty Sea 」より
  • M3・I'm in a Different World / Dave Stewart & Barbara Gaskin 「Broken Records : The Singles 」より

プレイリスト「**Gui / June16 」



音楽雑誌を全く見なくなってずいぶんなるなあ。CDショップにも行かなくなったし、今時のヒットみたいなものに触れる唯の機会であるラジオも、クラシックの番組をたまに聴く程度。

まあ、いわゆる流行りものには昔からあんまり興味を惹かれないので、どうでもいいといえばどうでもいいんだけど、すごくツボにはまる人がたまに世に現れることを考えると、情報不足によって貴重なものを見逃しているのではないかとも思う。どうするよ。

で、救いの手がApple Music から差し伸べられた(大げさ)。「For You 」に出てくるプレイリストを楽しみにするようになって半年くらいたったかなあ。

初めのころは、「どうしてこれをすすめるですか? 」みたいなのが多かったものの、面倒がらずにリアクションしていたら、聞いてみるとけっこう好きな感じの未知のアーティストが画面に現れるようになった。

先月、すすめられた中で最も打たれたのが、ブラジルのプロデューサーにしてテクノ・アーティストのグイ・ボラットGui Boratto )。プレイリストに入ってた曲が気に入ったので、アーティストのページへ飛んで、アップされているアルバムをざっと聴いてみた。

DJ 君たちがクラブプレイで重宝しそうな、ストイックな雰囲気のダンスナンバーを多く作ってるみたい。そんな中に毛色の変わった面白い曲が混じってる。

一番気に入ったのは、懐かしのネオアコ的な匂いもある中性的なボーカル(男らしくも女らしくもない)と、ゲバゲバなギターのコンビネーションが訳のわからない「No Turning Back 」。なんじゃこりゃ。

彼について検索したら、はてなキーワードに簡単な紹介あり。それにして名前、何て読むんだろうね。「はてな」ではグイになってるけど、ガイ、ギと表記しているサイトもあって、混乱してきたわ。

ギターを弾くときに靴を見つめる(シューをゲイズ)姿勢になるから、シューゲイザー。平たくいえば、うつむき系のギター? ゲバゲバな爆音なのに幻想的な音楽世界とな。ほおお。初めて知った(っていうか大概のことを知らないです)。シューゲイザーについてはこちら

プレイリストは「No Turning Back 」を含めたグイさんの曲と、彼に影響を与えたアーティストとして表示された Aphex Twin 、同じタイプに上がった Flying Lotus を添え、ふと思いついたエイドリアン・シャーウッドを箸休め的に置いてみた。

1時間ちょっとです。プレイリスト「**Gui / June16


中身はこんな感じ。

プレイリスト「**Raindrops / June 16 」


大切な人を見送った友だちのことを考えながら並べてみた。 Apple Music のシェア機能を使ってみようと思うんですが、うまくゆくかなあ。リンクは短縮してもいい? プレイリスト「**Raindrops / June16

PC とあいぽんでリンクが生きてることを確認。短縮URL でも大丈夫みたいだわ。ほっ。


プレイリストの中身はこんな感じ。

  • M1・On the River / ガブリエル・ヤール アルバム「In Secret (Original Motion Picture Soundtrack」より
  • M2・World Citizen / デヴィッド・シルヴィアン
  • M3・Coastal Brake / Tycho
  • M10・Lay in a shimmer / Pantha Du Prince

頭の中に波の音が*川上弘美『此処彼処(ここかしこ)』

書こうと思っていた本が溜まりに溜まってしまったので、今日もがんばって片付けようと思います。川上弘美の味わいを堪能できるエッセイ集、『此処彼処(ここかしこ)』、05年、日本経済新聞社刊。「場所についての言及を、いつも、避けていた」というあとがきの冒頭を読むまで、地名を含めた固有名詞を使うことに対して、著者がかなりストイックな姿勢をもち続けていたとは知らなんだ。

ただ、そういわれてみると、確かに川上作品には、微妙におかしなことを淡々と続けているようなヘンな人物や生き物?が、どこだか分からない町に住んでいる設定が多い気がする。「繁華街」だの、「日本海のみえる土地」だの、「町はずれ」だの、ひどく曖昧な表現ばかり選んでいた(p207あとがき)、という書き方だから、描かれた世界は現実とどの程度離れているか分かりづらい。このとらえどころのなさが、ひょいと異空間に連れて行かれちゃうような川上作品のひとつの味になっているのかも。

この本は、デビュー以来、固有名詞を避けてきたらしい著者が、あえてリアルな地名に取り組んだ意欲作。初出は日経新聞紙上で、週1ペースで1年間連載されたもの。50ちかくの場所が取り上げられてます。

  • この世界の此処彼処に、自分に属すると決めたこういう場所がある。固定資産税もかからないかわりに、知らぬ間に消えていたり変貌をとげていたりもする。p11「彼処」

あっさり素直に書くならば、「私の場所」とか「気に入っている町」としそうなところを、「自分に属すると決めたこういう場所」と表現するか。ひねくれているというか、はずし方がうまいというか。さすが川上弘美。で、ずんずん読み進めながら、p99の「お茶の水」に至って「ひゃ〜」と口が開きました。

  • 久しぶりに風邪をひいて熱を出した。前回、高熱を出して入院した昔のことを書いたからかもしれない。こういう巡り合わせというものが時々ある。打ち寄せる波頭のように連なりあってゆく出来事。入院のことを書いて波頭が揃ったから、今回は病院のことを書いてみるとしようか。

6月第4週の日曜日に掲載されたと思われるこの文章は、著者が約10年(子ども時代から大人になるまで)もお世話になった、お茶の水にある東京医科歯科大学病院の担当医に、次男の歯列矯正のため訪れた近所の歯科医で再びでくわしたことを描いている。巡り合わせの妙を、波頭が揃うといい換えるセンス。どこから来るのだ、波頭。

言葉を選ぶ時、ふつうはいいたいことをぴたりと表す一語を考えるんじゃないですかね(私はそうする)。ここで使われている「波頭」の場合なら、シンクロニシティとか、コレスポンダンスとか。英語を使いたくないんだったら偶然の一致、共時性万物照応など、いいようはいろいろあるだろうに、なぜに波になるのだ。恐るべし。

平易な言葉を使って分かりやすく書かれているのに、どこかずれている。川上弘美が描く異空間は、こういう言葉選びに支えられているんだなあ。こういうふうに書く人は、ほかにいないでありましょう。

そうそう、ん十年前にこんなことがあったな。種村季弘が編集したちくま文庫の『東京百話』というアンソロジーを地下鉄(有楽町線)の車中で読んでいて、小竹向原の駅に到着した時、ちょうど目が追っていたのが駅と同じ「向原」の文字だった(p63小沢信男「東京散歩三話」の豊島区東池袋五丁目の後半)。

カワカミ式にいうと、波頭が揃った瞬間ですね。びっくりしたわ。どんなに驚いたかは、今もこのことを忘れないでいることに現れている気がします。ざっぱ〜ん、どぶん。今後、頭の中で小竹向原のコタケムカイハラという音と、波の映像が合成されそうで、すこし怖いです(笑)。


  • 『此処彼処』をうろ覚えで検索したら、なぜか『そこここ』というKindle版の小説がひっかかってきた。
  • 1948年に発行された英文学者・斎藤勇(たけし)の著書『ここかしこ』は、文字は違えど同名。wiki によると英文学の基礎をつくった、エライ学者さんのようです。興味のある方は→

夢とのちかさ*岡尾美代子『 Room Talk 』



本が出てから10年経っていることに気付いてびっくりした、岡尾美代子の『 Room Talk 』。世界各地で撮影したと思われる、ほわんと色の抜けたピントの甘い写真がたくさん収められていて、目に穏やか。岡尾さんはポラロイド(インスタントカメラ)を愛用されているのかな。白い縁のない普通の写真も混じっているので、カメラはデジカメじゃないのを少なくとも2台お使いと推察しました。

こういう本、なんて呼んだらいいんだろうね。エッセイというには写真の比重が高い気がするし、フォトエッセイだと写真と文章がきっちり同調したものを指すような印象がある。amazon の紹介を見にいったら、エッセー&フォトとなってた。文章と写真の比率は半々、だけど文章と写真のつながりはゆるいみたいな本は、こう呼ぶといいのか。にゃるほど。


岡尾さんは、雑誌『Olive』があった80年代からスタイリストとして活動されており、新しさ、新鮮さに対する嗅覚は他の職業の人より格段に鋭いはず。ところが、この本で披露されているご本人が撮られた写真は、もやっ、ぼやっとした穏やかでやさしい表情で、エッジとかファッション性等の言葉とは無縁な感じ。写っている対象物も、最新のなんとかではなく、どこかの国で長年使われてきたようなダサめの気張らないものが多い。

新しさを追求するフィールドでお仕事をされているから、対極にあるといってもいい、古いもの、懐かしいものと今のものを組み合わせる効果を十二分にご存知だと思うんだけど、「いい感じ」にスタイリングを仕上げるための小道具として、こういうかわいいものに注目しているわけではないよね。

個人的な「好き」を集めたら、こうなった。まあ、それはそうなんだろうけど、岡尾さんの仕事のかわいさの背後にある、根源的な何かがこの本に現れている気がするんだなあ。

「もしかしたら…」と思いついたのが、写真のぼんやりとした穏やかな色合いは、記憶とか夢に似ているんじゃないかということ。夢を見ている時ははっきりものを見ているのかもしれないけど、目覚めてから思い返せるのは霞んだような情景だったりする。

「どうだ〜!」と声高に主張するようなインパクトはないのに、岡尾さんの仕事が多くの人の心をとらえるのは、夢とか記憶のような無意識とかかわる領域を揺さぶるからだったりしないか。見る人の想像や、意識的にか無意識にかは分からないけど、つい補ってしまうような何かを受け入れる余地が、ぼんやりと穏やかな色調の写真には備わっている。この余地が、『 Room Talk 』を古く見せない。

かわゆさを甘くみてはいけないなあ。何気に逆説が含まれていたりするよ。個人の夢の領域というかノスタルジックな世界は、だれのものであってもそうそう最新版に更新されるものじゃないのかもあ、とも思いました。

あと、この本で特筆すべきは、さりげなくかわいい造本。画像右上のページが出てきた時、私はサテンの本物のしおりが挟まっているのかと思い、思わず指でつまみそうになった(笑)。いいわけするわけじゃないんですけど、読んだ本の記録に太めのリボンがしおりになった、伊東屋オリジナルのノート(画像右下)を長年使っておりましてね、これが影響したんだと思うんです。嗚呼、まぬけ。

しおり状の写真は、色を変えて何度も登場するという芸の細かさ。古い壁紙のような花綱模様(フェストゥーン)のページや色紙みたいなページが、章というか題材の変わり目に挟み込まれるなど、随所にかわいい工夫が施されています。いいなあ。製版に余分なお金がかかりますので、この本には手間と予算がしかとつぎ込まれているとみました。

と、いろいろ書いてから検索したところ、やはり岡尾さんはポラロイドをお使いだった。’12年刊の『雑貨の友』の出版にひっかけて「ほぼ日」に連載された「旅と雑貨とお買い物の話」に、ポラロイドのことがちらっと出てました。テキスト回りを飾る画像も岡尾さん撮影。お好きな方は必見かと。


  • 伊東屋のノート(スカイバーノート)は表紙がとても硬いため、膝に乗せてラクに書けるつくり。安くはありませんが、書き味、耐久性を思えば素晴らしいノートかと。表紙の色がいろいろあって、いつも悩みます。伊東屋のオンラインショップにもありましたわ。→