本の畑

えっちらおっちら耕す、本やら何やらの畑。情報は芋蔓のように地下でつながっている。たぶん

夢とのちかさ*岡尾美代子『 Room Talk 』



本が出てから10年経っていることに気付いてびっくりした、岡尾美代子の『 Room Talk 』。世界各地で撮影したと思われる、ほわんと色の抜けたピントの甘い写真がたくさん収められていて、目に穏やか。岡尾さんはポラロイド(インスタントカメラ)を愛用されているのかな。白い縁のない普通の写真も混じっているので、カメラはデジカメじゃないのを少なくとも2台お使いと推察しました。

こういう本、なんて呼んだらいいんだろうね。エッセイというには写真の比重が高い気がするし、フォトエッセイだと写真と文章がきっちり同調したものを指すような印象がある。amazon の紹介を見にいったら、エッセー&フォトとなってた。文章と写真の比率は半々、だけど文章と写真のつながりはゆるいみたいな本は、こう呼ぶといいのか。にゃるほど。


岡尾さんは、雑誌『Olive』があった80年代からスタイリストとして活動されており、新しさ、新鮮さに対する嗅覚は他の職業の人より格段に鋭いはず。ところが、この本で披露されているご本人が撮られた写真は、もやっ、ぼやっとした穏やかでやさしい表情で、エッジとかファッション性等の言葉とは無縁な感じ。写っている対象物も、最新のなんとかではなく、どこかの国で長年使われてきたようなダサめの気張らないものが多い。

新しさを追求するフィールドでお仕事をされているから、対極にあるといってもいい、古いもの、懐かしいものと今のものを組み合わせる効果を十二分にご存知だと思うんだけど、「いい感じ」にスタイリングを仕上げるための小道具として、こういうかわいいものに注目しているわけではないよね。

個人的な「好き」を集めたら、こうなった。まあ、それはそうなんだろうけど、岡尾さんの仕事のかわいさの背後にある、根源的な何かがこの本に現れている気がするんだなあ。

「もしかしたら…」と思いついたのが、写真のぼんやりとした穏やかな色合いは、記憶とか夢に似ているんじゃないかということ。夢を見ている時ははっきりものを見ているのかもしれないけど、目覚めてから思い返せるのは霞んだような情景だったりする。

「どうだ〜!」と声高に主張するようなインパクトはないのに、岡尾さんの仕事が多くの人の心をとらえるのは、夢とか記憶のような無意識とかかわる領域を揺さぶるからだったりしないか。見る人の想像や、意識的にか無意識にかは分からないけど、つい補ってしまうような何かを受け入れる余地が、ぼんやりと穏やかな色調の写真には備わっている。この余地が、『 Room Talk 』を古く見せない。

かわゆさを甘くみてはいけないなあ。何気に逆説が含まれていたりするよ。個人の夢の領域というかノスタルジックな世界は、だれのものであってもそうそう最新版に更新されるものじゃないのかもあ、とも思いました。

あと、この本で特筆すべきは、さりげなくかわいい造本。画像右上のページが出てきた時、私はサテンの本物のしおりが挟まっているのかと思い、思わず指でつまみそうになった(笑)。いいわけするわけじゃないんですけど、読んだ本の記録に太めのリボンがしおりになった、伊東屋オリジナルのノート(画像右下)を長年使っておりましてね、これが影響したんだと思うんです。嗚呼、まぬけ。

しおり状の写真は、色を変えて何度も登場するという芸の細かさ。古い壁紙のような花綱模様(フェストゥーン)のページや色紙みたいなページが、章というか題材の変わり目に挟み込まれるなど、随所にかわいい工夫が施されています。いいなあ。製版に余分なお金がかかりますので、この本には手間と予算がしかとつぎ込まれているとみました。

と、いろいろ書いてから検索したところ、やはり岡尾さんはポラロイドをお使いだった。’12年刊の『雑貨の友』の出版にひっかけて「ほぼ日」に連載された「旅と雑貨とお買い物の話」に、ポラロイドのことがちらっと出てました。テキスト回りを飾る画像も岡尾さん撮影。お好きな方は必見かと。


  • 伊東屋のノート(スカイバーノート)は表紙がとても硬いため、膝に乗せてラクに書けるつくり。安くはありませんが、書き味、耐久性を思えば素晴らしいノートかと。表紙の色がいろいろあって、いつも悩みます。伊東屋のオンラインショップにもありましたわ。→