本の畑

えっちらおっちら耕す、本やら何やらの畑。情報は芋蔓のように地下でつながっている。たぶん

日々のサバイバル*絲山秋子『絲的サバイバル』


以前から「なんてきれいな字面の名前」と思っていた、絲山秋子
初めて読んでみましたわ。『絲的サバイバル』です。
初出は『小説現代』誌上で、エッセイ連載中、著者は基本的にひとりで出かけ、
「さあ、ここでキャンプを!」な雰囲気を感じた所にテントを張って一夜を過ごす。
で、このキャンプ地の選定が、かなりおかしい。

著者は群馬県にお住まいのようなんですが、近場が多いのだ。
まあ、山に囲まれた群馬ならそうなるかな、と思わなくもないですが、
友だちの家の庭先でキャンプしたり、講談社の中庭にテントを張るのってどうよ。わははは。

見知らぬ土地へ出かけ、そこで新鮮な見聞を得ることに、
おそらく著者はたいして重きを置いてないんだろうね。
極端ないい方をすれば、静かな場所に身を置くことができれば、どこでもいい感じ。
内省の時間を確保するために、
体のあちこちが痛くなってもキャンプせずにはいられない、というか。


  • だらだら座ってワインを飲みながらノートに思ったことを書いている。 / 振り返った杉林の中には、もう夜が潜んでいる。夜はこうやって森の中から生まれるんだな。林の向こうにはまだ薄暮の空が透かし見えるのに。p12

トランクの小さなスポーツカーに、わざわざ大荷物を詰め込んで出かける様子や、
買い物の失敗、忘れ物(焚き火で火傷したのに薬がない)などなど、
リズムの良い筆致で毎回のキャンプが綴られるので
笑いながら気軽に読めるけど、内省的という点ではソローの『森の生活』なんかと共通点がある気がする。


  • 「絲的サバイバルって、ちっともサバイバルじゃねえなあ」 / あたりまえだ。そんな毎月生死の境を彷徨ってたまるか。大体足腰弱くて山登りなんてできないし、性格だって怒りっぽいけど慎重なんだ。慎重ではあるんだが、酔っぱらってよく道端で寝たりはするぞ。どっちかと言えば日常生活の方がサバイバル。p158

毎日の暮らしの方がサバイバル。
3.11を経験してみると、ほんとにそうだ、としみじみ思う。
著者のキャンプ用装備を、防災用品の参考にするのもありだわね。
特に食べ物関係の道具やメニューは要チェック。
七輪での焼き物、豚汁、ミネストローネ…、どれもんまそうだ。
体重が気になる方は、夜中に読むのはお避けになった方がよろしいでしょう。

本を閉じてから、タイトルについてふと思いました。
「絲的」って、名字の絲の字を使った造語だと、するっと飲み込んでたんだけど、
「意図的」の意も含ませた懸け詞だわね。気づくのが遅いぜ(笑)。

とすれば、意図的にサバイバル生活をしても、そこでのサバイバル性は低く、
何が起こるか分からない毎日の暮らしの方がよっぽどサバイバルだ、
という意味が隠れているのかもしれん。さらっと読める本だけど、ひとひねりもふたひねりもあるようで。


*芋蔓本*