本の畑

えっちらおっちら耕す、本やら何やらの畑。情報は芋蔓のように地下でつながっている。たぶん

読むお酒*倉橋由美子『酔郷譚』


ものすごく久しぶりの倉橋由美子。『酔郷譚』08年、河出書房新社です。
著者が05年に亡くなった時は、しんみりしたなあ。
「今の時代をどう眺めながら、この本を書いたのかな」
なんてぼんやり考えながら、新作のぱりっとしたページを繰る楽しみが失われてしまった。
寂しい限りですよねえ。しょぼん。

鬼籍に入った作家の「新刊」はもう出ない、と私は頭のどこかで決めつけてたフシがある。
が、良く考えてみると、文芸誌以外の雑誌や新聞等に発表された短篇や短文は、
単行本に収録されていないものがけっこうあって、
編集さんの腕一本(もちろん出版社の意向もね)で本の形になる可能性がある。

で、倉橋氏の新刊も、なんと08年に出てました。
サントリーの季刊誌『サントリークォータリー』(69〜73、75、76号)
に連載された、連作を編んだものです。

倉橋ファンならよーく知っている山田桂子さんを主人公とする、
桂子さんもの(『夢の浮橋』『城の中の城』『シュンポシオン』『交歓』) の
スピンオフといったらいいのかな。
『酔郷譚』の主人公の慧(けい)君は、山田桂子さんの義理の孫という設定です。


サントリーはお酒のメーカーさんですから、
「先生、必ず1回はお酒を出してくださいね」という注文だったのでしょう。
作品の舞台は酒席(というか、ずばりバー)だし、必ずお酒の固有名詞が出てくる。

作家が企業のPR媒体や広告のために書いた文章って、
さまざまなしばりがある故なのか、つまんないものが多くないですか。
「なんでこんなものを」と、がっかりする時もあるな。
あちこちからチェックがやんやと入る過程で、
作品のいいとこがどんどんこぼれてしまうのかもしれない。

しかし、『酔郷譚』は、読んでいると陶然とする感じなんだなあ。
酔っぱらうと本が読み続けられなくなるので(笑)、
少しだけおいしいお酒を飲みたくなるといいますか。
問題は、うちには今、黒糖梅酒なるものしかないこと。
アマレットとか、桂子さんに引っかけて桂花陳酒とかが気分なんだけど。嗚呼。


  • 街は月光にひたされている。そして夏とは違う風が冷たい水のように、しかし石のように乾いて、街をめぐっている。その風の流れのままに塀について塀を曲がり、風について壁を曲がると、そこは秋風の溜まり場のような中庭になっていた。金木犀と銀木犀が対になってドーム形に葉を茂らせ、花の香りを放っている。p31