本の畑

えっちらおっちら耕す、本やら何やらの畑。情報は芋蔓のように地下でつながっている。たぶん

もの静かな紙*おじいちゃんの封筒

見るたびに美しいなあと、思うのが
藤井咲子著「おじいちゃんの封筒 紙の仕事」ラトルズ刊。
著者は紹介されている約100点の紙の封筒の、
制作者・神前弘氏のお孫さんにあたる方。
神前氏は東京・中野区で70歳まで大工の棟梁として活躍され、
引退後はのんびりテレビを見る日々を経て
80歳から95歳で亡くなるまでの15年間に、
毎日封筒を作っていらしていたそうです。

藤井さんはおじいちゃんの家の解体・整理の際に、
箪笥の引き出しの中に封筒がどっさり入っているのを見つけたらしい。
その数約5000点。
この封筒が古道具・坂田の坂田和實(かずみ)さんの元に持ち込まれ、
坂田さんの美術館であるas it is
個人コレクション展2「おじいちゃんの封筒 紙の仕事」が実現。
2007の年3月から1年以上になった会期は
当初の予定を大幅に超えるロングランだったようです。

なのでこの本は、展示会の内容を編んだものになるですね。
封筒そのものが美しいのはもちろん
島隆志による写真のほか、レイアウト、文字の配し方、
本の紙の選択など、主張は控えめですが連携は確か。
関わった人々みんなが「おじいちゃんの封筒」に
敬意をもって接していたのではないか、と想像されます。


まあ、簡単にいえば家庭で不要になった紙でお年寄りが作った縦長の封筒なんですが、
このきれいさはそんな言葉じゃ逃げちゃう。
何が違いを作っているのか。
写真をじ〜っと見ていて分かったのは、材料の扱いが半端じゃないということ。
たとえば上の画像の封筒は、
おそらく何かの箱のようなものに使われていた厚紙の裏ですわ。
改めて本のページを繰ると
缶詰か瓶詰めの底と思われる輪っか状の跡が残った段ボールの表面とか、
テッシュの箱の取り出し口とか、折り線とかの痕跡から、
かなり厚い紙を使っていることがうかがわれます。


  • 作り続けていると紙も足りなくなり、それでは手を動かせなくなるので完成までの行程を増やす為に厚い紙を剥がす作業が始まります。p110
  • 使う道具は行程に合わせて包丁・ペーパーナイフ・カッターなどを使い分けていた事、道具はきちんと研いでいた事、必要のない文字を消す為やツルツルの紙を糊付けしやすいようにヤスリをかけていた事(以下略)p4

しっかりとごつい紙を封筒に適した薄さに加工し、
薄くなり過ぎて強度に不安が生じた場合は
さらに別の紙を張り合わせる等々の、
下準備にすごく手間をかけているんですね。
大工さんは柱1本にも
組むための穴をノミで開け、表面に鉋をかけて滑らかにし、
と地味な作業を正確に積み重ねますわな。
「おじいちゃんの封筒」の作られ方は、
まさに大工さんの仕事ぶりそのものではないかと思った次第です。

微妙に色の異なる裏紙を巧みに組み合わせた、
色と質感のおもしろい効果など、
材料に対する抜きん出た感覚は神前おじいちゃんの真骨頂。
大工さん時代の神前氏はどういう住宅を建てられた方なんでしょう。
きっと住まいという機能を十分に満たしながら、
さまざまな素材(主に木材)の素材感を生かし、
なおかつ細部にきらりとした目配りをされていたのでは。


*芋蔓siteなど*
展覧会開催に至るまでのいきさつはalpshimaこと、
デザイナー島崎爽助氏のblogの記事が詳しかったです。