本の畑

えっちらおっちら耕す、本やら何やらの畑。情報は芋蔓のように地下でつながっている。たぶん

パン屋さんで一息*美徳のよろめき

古本屋さんの店頭にしばしば置かれている、ワゴンのセール品に弱かったりします。「100円だから、ま、いいか」という感じで、覗き込んではつい買っちゃったりして、減量とは正反対の行動をしてる誰か。普通だったら買わない分野(時々はトンデモ本)とか作家の本はもとより、コンディションのかなり悪い本など、いつの間にか「難あり」「訳あり」の本が溜まってます。はあ〜。

見た目が古ぼけてて地味なせいか、買ったことをすっきり忘れてしまうことも多く、先日、ぎっしり詰まった本棚を眺めながらこれじゃあいかんと思いましたわ。で、読んでみましたよ。三島由紀夫美徳のよろめき講談社(S32年6刷)刊。奥付にある値段は280円、内部はシミが多くて状態悪し。まあ、50年以上経ってますから、ある程度ばっちいのは仕方ないか。

ご存知の方も多いでしょうけれど、三島32歳の作品である「美徳のよろめき」は当時のベストセラー。<よろめき>が流行語になったとか、ならないとかのエピソードがあるです。お話を簡単にかいつまむと、恵まれた境遇にある28歳の奥さんが、独身時代から知っている男性と恋愛をし、その別れまでを描いた不倫もの。

文章は<神の目>と呼ばる、中立の視点の三人称で書かれており、読者は主人公である<節子>にも恋人の<土屋>にも自然に目配りできるようになってます。感情移入しやすい一人称のお話(私が語る形で進むやつですわ)より、ちょっと取っ付きにくいかな。それより「ええっ」と感じたのが、いかにも昔っぽい人物造形。


今は、女性作家が主人公(女性)の内面についてじっくり書いたものを、なんぼでも読むことができますからねえ。そういうのがデフォルトになっていると、

  • 節子の女の友達は数多く、機知には乏しいけれども可愛らしいその人柄はみんなに好かれた。p9
  • 今、自分の陥っている空虚、時には苦悩と名付けてもよいものに対しては、こうした恬淡さから、あんまり分析の必要を認めていなかったp33

なんて、いかに主人公・節子が心の内側について興味がないかを述べた箇所等が出てくると、「女は悩まないってか〜」「考えないってか〜」と苦笑しちゃいますわ。容姿は限りなく美しく、そして中身は見事に空っぽという、男性にとっての理想のようなものが、マリリン・モンローに代表されるセックスシンボルに託されてた時代ですからねぇ。ま、自然な成り行きかもしれん。女子だったら、明るく爽やかな体育会系に無条件ににんまり、って場合もあるからね。おあいこだわね(笑)。三島はエッセイでも


  • ただ一人で鏡を見ているだけでは、なかなか欠点に気がつかないらしい。女性が最も苦手とするのは自己批評であるから、それも当然である。三島由紀夫全集30(昭和50年刊) p574 <美容整形>この神を怖れぬもの 

と書いたりしてます。かつて、こういう風に女性がのびのびとしていられた時代があったんでしょうか〜。ま、親たちよりちょっと上の世代を思い浮かべると、少しは想像できるな。印象に残ったシーンは主人公がパン屋さんで頭を冷やす(?)シーン。


  • 屋敷町の外れの駅前に、都心のドイツ人の店の出店がある。 Have a German Rye Bread Sandwich & Beer! という広告が出ている。ストーブで暖かい店内に、ゴムの気や葉蘭の鉢植がある。珈琲の匂いが流れている。大きな犬をつれた女中がパンを買いに来ている。他に客がない。p212

「えーっと、この読んだことのある感じは何?」と思って、記憶を探りましたよ。したらね、江國香織「いくつもの週末」(集英社文庫)に週に一度パン屋さん出かけるというくだりを発見。

  • ぴしっとしたスーツに身を包んだ夫(中略)を送りだしてから、顔を洗って口紅だけつけて出かける。パン屋には小さなカウンターがあってコーヒーも飲める。店は半地下になっていて、ガラスごしに、いきかう人々の脚が見える。p11~12

両者の共通点は、<自分の世界>と<外の世界 / いわゆる社会>との中間点のような場所として、パン屋さんが使われていることじゃないでしょうかね。パン屋さんに行けば両方の世界が意識されたり見えたりするから、それまでの自分が更新されて気分が良くなるという風に場が使われてる気がします。

三島由紀夫がベストセラーの中で描いてみせた女性像が古くさいとかなんとかいいましたが、彼は硬軟取り混ぜた媒体に合わせて、いろんなタイプの文章を巧みに書き分けた作家。こういう女性が素晴らしい、という素朴な思いをもって小説を書いてるわけじゃないでしょう、もちろん。

ロココなムードの甘いモチーフを使ったエレガントな装丁を見ながら、「ありゃ、もしかすると辛辣なお話を砂糖衣で包んだんじゃ」と思いましたよ。1975年の10CCの大ヒット曲「I'm not in love 」が、美しいメロディーと透明感のあるサウンドにもかかわらず、歌詞が苦いようにね。皮肉とか、風刺ということを忘れてはならんわね。人物も設定もリアルな風に描かれているので、つい、こんなどうでもいいことを考えちゃいましたわ。小川洋子の「ブラフマンの埋葬」みたいなシュールなお話だったら、「あ〜、おもしろかった」で済むんだけど。

*芋蔓本など*

  • 三島由紀夫と交流のあった森茉莉の「甘い蜜の部屋」(新潮社刊)の装丁は池田満寿夫。2冊の間には20年近い隔たりがありますが、並べて違和感のない姉妹のようなデザイン。
  • 10CCの大ヒット曲「I'm not in love 」を含むアルバムは「オリジナル・サウンドトラック」。1995年に発表された「ミラー・ミラー」には、新録音の同曲が収録される模様。こりゃ知らなかったです。